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2015.06.02 Tuesday

【音楽が生まれる理由2】ブログ

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     前回は子供の頃の家庭環境や選択によって培われていった「音感」や一部の技術的なことについて書きました。今回は、僕の歌詞や音楽への取り組み方に影響を与えた「精神的な部分」、それがどう育っていったか、について書いてみます。

     二歳の頃から母親に連れられて教会に通い始めました。プロテスタントの教会でした。僕は中学の頃に洗礼も受けた、いわゆるクリスチャンでした。高校を卒業するくらいまでは通ったと思います。
     毎週日曜日には朝から礼拝に行き、聖書を読んだり、お祈りをしたり、牧師先生の話を聞いたり、賛美歌を歌ったりしました。中学生になると、若者が集う集会があって、土曜日も教会へ。水曜日にも祈祷会というのがあって、そう考えると一週間のうちにけっこう頻繁に足を運んでいたことになります。
     歌詞を書く、という作業は、自分と対話することでもあります。もちろん様々なジャンルや種類があるので一概には言えませんが、僕にとっては自分と向き合う作業です。ジェイムステイラーを始めとするシンガーソングライターが評される「内省的」とは、そういう事でもあるのではないでしょうか。
     二十歳で曲を書き始めた時、僕にとって、自分と向き合うことは難しいことではありませんでした。二歳の頃から聖書を読み(読めるか!)、お祈りをして(二歳は無理やろ!)、生きる理由や犯した罪について考えてきたからです(二歳でそれできたら凄いな!)。神様に語りかけるというのは、ある意味で自分との対話であるのかもしれません。ですから、今自分が何を考えているのか、何が問題なのか、何を歌うべきなのか、歌うというのはどういう意味があるのか、そういったことについて考えることはとても自然な作業でした。
     高校生になると、ギターを持って歌い始めました。賛美歌もありましたが、多くはフォーキーなワーシップソング。小坂忠さんや岩渕まことさんが作曲をした、いわゆる「赤本」という歌集があって、書かれてあるコードを弾きながら、若者たちは歌いました(書き方が’70っぽい)。僕がギターを弾いて人前で歌を歌ったのは、それが初めてでした。今思えば人前で披露できるようなレベルではなかったですが、そこでは技術ではなく、神様を賛美する心が求められましたから、それぐらいがちょうど良かったのかもしれません。
     ゴスペルというと、アフリカンアメリカンの黒人音楽をイメージしますが、僕にとってのゴスペルは非常にフォーキーでした。この弾き語りのスタイルは、今の自分にとても影響を与えていると思います。
     クリスチャンミュージックにはいくつかジャンルがあって、黒人ゴスペルから白人のフォーキーなワーシップソング、韓国もまたひと味違う。音楽性は日本に近いですが、熱が凄い。ロスやシカゴで観た黒人ゴスペルにも熱気があったけれど、その高揚感やエクスタシーとは違う「敬虔さ」がある。泣き叫ぶようにして三千人ぐらいが歌うのを聴いて、鳥肌が立った覚えがあります。あとはアメリカのカウンターカルチャーとして「CCM」というのがあって、ロックやメタル、当時の若者が興味を持ちそうなサウンドで神様を歌う、というものまで。ディランも数枚こういった内容のアルバムを作っているんですよ。
     そういった感じで子供の頃は教会に通っていました。離れた理由は僕の中で色々とありますが、母親も含め、とにかく「やってはいけない」ことが絶対的で、人間のどうしようもない部分を認めてくれない部分がありました。教会ですから当たり前ですけどね。そのどうしようもない部分を否定されることが窮屈に感じたのかもしれない。ただ、その経験があったことで、ある意味での「抑圧された心」が僕の中に生まれ、それがくすぶったり爆発したりするようになった。そういった不安定な部分も僕の一部だと思っています。不安定さは、作品作りには悪い影響ばかりではありませんからね。しばらく行ってないなぁ教会。みんないい人で、今も友達がいますよ。

     教会を離れて、他の宗教についても勉強しました。元々は同じ神様を持つユダヤ教やイスラム教。自分のいた場所をより理解したかったのと、世の中を知りたいということで、一時期は平日の昼間から図書館にいましたね。仕事せぇ! って感じですが、僕にとっては非常に重要なことでした。そして、それを勉強することは、僕にとって苦になりませんでした。それは、他の学問に比べて理解が早く、楽しい作業でした。
     分かりやすいのは例えばパレスチナ問題。シオニスト運動というのがあって、ユダヤ人にまつわる歴史が戦争と繋がっていて、ではなぜそもそもユダヤが迫害されることになったのか、というようなことについて、僕は聖書を知っていますから、それを理解するのは点と点が繋がるような経験でした。
     そして仏教。仏教だけは、同じ宗教でも、何か感じが違うというか、「信じる」というよりも、もっと倫理的なことを教えてくれる「人間教育」のような雰囲気があって、仏教の国は戦争をしない秘密にも興味がありました。
     そして、いくつか本を読んでいく中で、河合隼雄さんの本に出会いました。アイルランドという土地の精神性について書かれた本でした。河合隼雄さんが日本に持ち込んだユング心理学に興味を持ったキッカケでした。ユングの心理学はとても興味深く、これまた昼間から図書館にこもりました。仕事せえ! そして、心理学と仏教の類似性や、文学への影響などについて知って行くことになります。二十歳の頃、人に勧められて読み始めた村上春樹さんの小説も、ユングと繋がっていることを後で知ることになります。
     二十代は小説を読みました。そこまで読書家ではありませんが、図書館が開いている間は。って仕事せえ! 芥川龍之介や安部公房などの純文学が中心でした。好きな作家さんはたくさんいますが、一番好きなのは? と問われれば、ブラジルの作家、パウロ・コエーリョを挙げます。この人は人間のどうしようもない部分を、深く深く掘り下げて、ものすごい集中力で書きます。だから読んでいる時は「おぉ! なるほど!」と、言葉にできなかったことを言葉にされた感動があります。それが、読み終わってしばらくすると、何が書かれてあったか、忘れてしまう。つまり、自分が行ったことのない深い場所を見せてくれるのだと思います。普段の生活の中での思索では到底到達できない深い場所を。素晴らしい作家です。
     といった感じで、僕は図書館のありがたさを知っています(図書館かい!)。ただ、売店があったり、飲食ができたり、もうちょっとザワザワしていたらいいのにと思います。そしたらスタバ行け! あぁ、スタバは本ないか! ほんだら本持ち込んでスタバ行け! あんまり長居すんなよ!
     宗教も心理学も歴史も文学も美術も音楽も、全て繋がっています。どれか一つだけを切り離して語れるものではない。そのことに気付いた時に、アーティストとしてやるべき事が少し見えました。いや、やるべき事というか、「表現する」ということが少し理解できた、みたいな感じでしょうか。
     曲を書くことも、歌詞を書くことも、歌うことも、ギターを弾くことも、編曲をすることも、マネージメントをすることも、商売をするこということも、全てに共通することがあることが分かってきました。すると、「生きる」ということがシンプルになってきた。そして、「生きる」ことが、アーティストとして「表現する」ということと重なることになりました。
     ふう。思いつくままに書いたので、趣旨とズレている箇所もあると思いますし、まだまだ書き足りていない部分が多々あると思いますがひとまず。

     あ、画家はジャガールが好きです。あと、この文章は今、スタバで書いています。長居すな。また書きます。
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